2019年に知った言葉

2019年にすれ違った綺麗な言葉

December 21, 2019
life

私の言語の限界は,私の世界の限界を意味する。

ウィトゲンシュタイン


アントロポセン

人新世。人間が強くなりすぎてしまったときの反省ワード。
反省した人は「ポストアントロポセン」などと言い出す。

吝嗇家

「ケチな人」の文豪チックな言い方。

辺獄

誰でも知っている詩ダンテ『神曲』の中で登場するキリストを信じずに死んだ人がいく報われない世界。 苦もなく楽もない場所らしい。つまり「This is 最高にちょうどいい」場所。

浄土真宗も見習ってほしい、他力本願主義は行き過ぎた。

忸怩

字のインパクトで羞恥心をごまかしたい時の便利ワード。

厭世観

いわゆる「悲観的」のおしゃれ、かつ、悪バージョン。

椿事

椿って字、キマってる。椿ってそんなに珍しいか。

暇。

古雅

エンジニアが嫌いなレガシーさが美的雰囲気を醸し出したときに使おう。


最後に

高校生のときからずっと記録している。その時はノートに記録していたが今ではアプリに記録している。 浴びるように様々な媒体を通して言葉をかけられる日々を送っているが、刹那的に出会う美しい言葉がある。

手に取るように言葉の出会った頃を思い出す。
あの人がそう言ってたな。あのときハマってた本で見つけたんだった。

その時の僕もなんとなく蘇ってくる。
こんな言葉を使いこなすい人がいるんだな。うまいことを言う人が世の中にはいるもんだな。

過ぎた一年のことを想うと気怠さと共に愛着が湧いてくる。
結局、一喜一憂すれど取るに足らないことばかり。けど、言葉の出会いで色づいたりする。

日々の会話でもどんな言葉でどんな表現をするんだろうと思って人の話を聞くと面白い。
あ、こういう言葉を当てるのって。